【禅宗】日本の美術や文化に与えた影響とは!? 不完全性を認め行に重きを置く。日本美術との関係性
禅宗の歴史
坐禅をはじめとする行(ぎょう)に重きを置く禅宗の成立は、中国に禅を持ち込んだ菩提達磨(ぼだいだるま)に遡ります。
厳しい修行の後、100歳を超える年齢で中国へ布教に赴いたとされる達磨は、壁に向かって9年間坐禅を組んだと伝わっています。当時仏教の伝導は経典の翻訳が中心でしたが、達磨は坐禅の実践を重視していたことから、禅宗の始祖と考えられています。ちなみにダルマ人形に手と足がないのは、厳しい坐禅の修行によって手足が腐ってしまったという伝説が残っているからです。
その菩提達磨を初祖(一祖)と数え、六祖にあたる慧能(えのう)の時代に禅が中国で急速に布教します。慧能のもとから優れた弟子が次々に誕生し、五家七宗(ごけしちしゅう)と呼ばれる曹洞宗や臨済宗などの7つの宗派が確立します。
その後、鎌倉時代の初めごろに道元が曹洞宗を栄西が臨済宗を日本に持ち込み、為政者である武士階級を中心に禅宗が広がっていきます。室町時代になると、幕府の庇護の下でさらに禅の教えが発展し、天龍寺や相国寺をはじめとする禅寺が建立されます。
なお、禅宗とは具体的な宗派を表わすのではなく、曹洞宗や臨済宗など禅の教えを基本とする仏教の一派を総称する際に使う言葉です。
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禅宗の教義と美術への広がり
禅宗の教義の大きな特徴は、言語や論理の不完全性を認め、坐禅をはじめとする行に重きを置いている点です。
例えば、達磨の言葉として残っている四聖句(しせいく)は、禅の根本思想を伝えているとされています。
不立文字(ふりゅうもんじ):文字で悟りを表現することはできない
教外別伝(きょうげべつでん):悟りには自己の経験に基づく努力が必要である
直指人心(じきしにんしん):自己の心に向き合うことが大切である
見性成仏(けんしょうじょうぶつ):もともと人間には仏性が備わっているため、本来の自分に立ち戻ることが大切である
言語に偏らず自己を見つめようとする宗教観は、日本人の文化や価値観にも大きな影響を与えました。また、喫茶文化などは中国の様式をそのまま受け入れるだけではなく、在来の諸文化とも融合し次第に日本で独自性を高めていきます。以下に禅宗の影響によって日本で確立した美術や文化を取り上げていきます。
水墨画
唐代から宋代にかけて中国で発達した水墨画は、禅宗が日本へ伝わるのと同時期にもたらされました。墨のみで表現する水墨画は、筆運びの強弱、ぼかし、グラデーションなどによって、黒一色でありながら深みのある描写が可能となります。日本に水墨画がもたらされた当初は、頂相(ちんぞう)とよばれる禅僧の肖像画や禅宗の教義を示した場面が描かれることが多かったのですが、次第に山水画が主要なジャンルとなっていきます。
枯山水
禅宗では生活そのものを修行の一部としているので、作庭も修行の一環として捉えられています。臨済宗をはじめとする禅宗の寺院では水をいっさい使用せずに、砂と石を使って風景を表現した庭園が多く併設されています。敷き詰められた砂や石の組み合わせによって、海や波などの雄大な自然を想像させることができます。また、枯山水は宗教的な願いや哲学的なメッセージが込められることがあり、砂や石の組み合わせが何を表現しているのかを読み解くことも鑑賞のポイントになります。
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茶道
喫茶文化は臨済宗の開祖である栄西が日本に持ち込んだことから、茶道と禅は当初から密接な関係にありました。禅宗寺院を中心に飲まれていた茶が、次第に芸術にまで高められるなかで千利休をはじめとする有名な茶人も多くが参禅し、禅宗から多大な影響を受けています。
また、茶道では「茶禅一味」という言葉があり、禅の精神と茶道への向き合い方は根本で一致するという考えがあります。自己を見つめ今を意識するという禅の宗教観は、徹底的にお茶に向き合い客のために美味しいお茶を点てるという茶道の価値観に通じています。
精進料理
禅宗寺院で提供される精進料理は、殺生を避け心身を浄化するという目的のために肉や魚を使わず、穀物・野菜・海藻のみの食事を基本としています。限られた食材しか使用できないので、下処理などの調理法やメニューが工夫され、がんもどきや胡麻豆腐といった料理が誕生しました。また、一汁三菜(ご飯、汁物、漬物、おかず3品)という基本の形は、現在の日本食にも受け継がれています。
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海外への広がり
20世紀になると、仏教学者の鈴木大拙(すずきだいせつ)らによって日本の禅が西洋に紹介され、特にアメリカでは1960年代から70年代にかけてZENブームが起こります。
その担い手は、既成の価値観にとらわれないヒッピー世代の若者たちで、アップル創業者のスティーブ・ジョブズも禅に傾倒した人物として知られています。
また、現在では集中力を高めるマインドフルネス(mindfulness)と禅が通じていると認識され、ライフハックの一環として注目が集まっています。実際に坐禅と同様の瞑想を行うことによって、精神的に安定するという実験結果が示されています。
おわりに
禅宗から派生した文化や美術は、今では日本のみならず世界中で受け入れられています。今回紹介しきれなかった建築や武術、さらに絵画では禅画と呼ばれるジャンルも存在し、多岐にわたって禅宗の影響を受けた美術が存在します。
誰にも理解しやすいようにユニークなタッチで禅の教えを説く禅画は、江戸時代に広まり著名な作者に白隠(はくいん)や仙厓(せんがい)がいます。
現在では世界中にコレクターがいるほどの人気で、禅宗の影響の一端を垣間見ることができます。