【小山博之】プロの御用聞き! 多数の広告賞受賞 “祭りののどにも、龍角散”CMの誕生秘話。原風景に縁のあるお店[神田明神]
数多くの広告賞を受賞し、 “祭りののどにも、龍角散” のキャッチフレーズでも有名な龍角散CMを手掛けた株式会社朝日広告社(以下、朝日広告社)の小山博之さん。
朝日広告社の営業第二局 営業第一部に所属しており株式会社龍角散(以下、龍角散)を担当し、長年にわたり代表取締役社長 藤井隆太さんと親交を深めています。
今年の夏、神田明神で初めて開催された「えびす祭」も協力した小山さんは、藤井社長の“プロの御用聞き” を目指し、アイデア豊富な藤井社長の考えを実現する熱い方です。
龍角散CMの誕生秘話から、小山さんの原風景に縁のあるお店などお届けします。
えびす祭開催
少彦名命(すくなひこなのみこと)の御分霊を大洗磯前神社よりお迎えして、神田明神二の宮のご祭神に奉祀して150年の年となる2023(令和5)年に、新しい年中行事として「えびす祭」を開催しました。
少彦名命は、商売繁昌、病気平癒などのご神徳として崇敬される神です。薬祖神として医薬品関係者の皆さまに崇敬されるほか、酒造りの神、道後温泉を開いた神としても多くの人々に信仰されており、8月17日から20日の3日間行われたえびす祭では、神事をはじめ、少彦名命にちなんだ多くの神賑行事を執り行いました。
──ご協力いただいた「えびす祭」はいかがでしたか
企画立ち上げから運営も行って、やっぱり神田明神さんはすごいな!ってまず思いました。
神事もさることながら様々な分野の著名人をお呼びしての講演やトークショーにライブと内容も豊富で多くの方が来られてとても良いイベントでしたよね。そんなイベントを僕もお手伝いできて良かったです。藤井社長も出演してくれましたし。
祭りののどにも、龍角散
──藤井社長の出演にあたり小山さんに相談して良かったです。出会いは龍角散のCMですよね。
藤井社長から神田祭を題材に龍角散のCMを作りたいという話があった時ですね。9年くらい前だと思います。
──あのCMはすごくインパクトがありましたね。
あれは僕も衝撃的でした。
藤井社長からちょっと相談があるってことで伺ったら「神田明神の例大祭の時に木遣りの方が “あぁーー”って木遣り歌を歌っていて。あれを聴いてちょっとぴんと来たんだ。木遣りを使ってCMを作りたい。」という話だったんですよ。すでに藤井社長の頭の中にはCMのイメージはまとまっていたんですよね。
藤井社長は、神田明神の氏子総代でもあり生薬協会の賀詞交歓会とかを神田明神で開催して深いつながりがあることは知っていましたが「今からちょっと神田明神に行くから」。
えっ!?って思いながらご一緒すると藤井社長ご自身で話をつけはじめちゃうんですよ。そこからは、ブルドーザーのように根回しをしてあのCMが出来上がりましたね。
──根回しは小山さんが行ったんですか
僕はあんまりやってないです。ほぼ藤井社長が根回しや調整をしていただいた感じですね。
ただ、少しテクニカルな話になっちゃうんですけれど、テレビはCMを流す時にダブルスポンサーってダメなんです。あのCMは龍角散?神田祭?どっちのCMかわからなくならないようにうまく作るとか、なんで龍角散のCMに神田祭なのかとか、そういった部分での根回しや調整はもちろん行いました。
──そこでできた「祭りののどにも、龍角散」なんですね
あの当時はかなりの驚きでした。藤井社長のようにアイデア出しから根回し調整までやられるクライアントさんはあまりいないんですよね。常に考え行動されている姿を身近で体感できて勉強になりましたし、すごく楽しかったです。
──龍角散のCMは様々受賞されましたよね。
おかげさまで、第35回新聞広告賞 広告主部門 優秀賞と第7回中日新聞社広告大賞 最優秀賞をいただきました。藤井社長がいたからいただけたとも言えるんですけれど(笑)。
▼【CM】龍角散ダイレクト「神田祭2023」篇 15秒 株式会社龍角散
プロの御用聞き
──龍角散とのお仕事のほかどのような事されているんですか
実は、10年ほど龍角散しかやっていないんですよ。基本的に龍角散専属で仕事をしています。藤井社長は常に考えている方なので、私も常に意識を持っていたいので、専属で向き合ってこそ、いい仕事ができると思います。
──それは社風でもあるんですか
専属スタイルという決まりはないと思いますが、その方が会社として良いという判断の結果だと思います。他の部署では、クライアントや媒体に合わせて専属であったり、案件に合わせてチームを組んで行ったりと様々ですね。
──専属スタイルは大事ですね
僕は、藤井社長の“プロの御用聞き” になろうと決めています。
時代的に、提案型営業とかコンサル型営業というスタイルが多いですけれど、藤井社長はやりたいこと、やるべきことがしっかりとある方。提案する姿勢はもちろん大切ですが、藤井社長がやりたいと思うことを具現化する事をかなり意識していますね。
広告の仕組みが学べた
──朝日広告社に入られてどのくらいですか
21年目ですね。25歳の時に中途採用で入りました。東京採用なんですけれど、静岡支局で欠員が出たということで、最初の勤務地は静岡でした。静岡では分譲マンションのプロモーションとかもやっていて、東京でも不動産関係の人員が必要になり7年ほどで東京に戻ってきました。
──最初の勤務地が静岡というのは意外でした
静岡では社会人としての経験が色々と積めたと思っています。東京とかは大きな組織なので、営業は営業、メディアはメディア、制作は制作と、結構分業されているんです。静岡エリアもそれなりに大きい市場でもあったんですけれど、静岡支局は営業しかいなかったので全部自分でやるんですよ。メディアとの折衝もやるし、デザイナーさんとのミーティングも直接やるし。なので、一通り広告の仕組みが学べたかなと。その時の経験が今につながって役に立っていると思います。
僕の原風景
──地元は荻窪ですよね
荻窪には22歳くらいまで暮らしていましたね。その後、武蔵境に引っ越して、25歳で静岡に行きました。本社勤務で戻ってくるタイミングで妻の地元でもある辻堂に引っ越して暮らしています。
──好きな風景はありますか
僕の原風景は、中央線沿線なんですよね。最近、中央線に乗ることも減ってしまいましたが、車窓から見える高井戸の清掃工場の煙突の景色が見えたりするとノスタルジックな気持ちになりますね。高井戸の温水プールにも行っていましたね。
辻堂は海が見える景色が最高です。季節によっては駅を降りると潮の香りがするんですよ。静岡で暮らしている時にサーフィンを始めて、今でもやっています。
──縁のあるお店を教えてください
高井戸に「EAT(イート)」っていうステーキ屋さんがあるんですけど、昔から通っていました。少し前に孤独のグルメに出てから、めちゃくちゃ並ぶようになっちゃいましたね。荻窪だと、庶民的だが本格中華が味わえる「ふんよう亭」とか、閉店しちゃったけれど、台湾のご夫婦がやられていた「漢珍亭」、西荻窪では「珍味亭」とかよく行っていましたね。
あと、吉祥寺に「陶芸教室 むさしの」があるんですが、父親がやっているんですよ。初心者でも楽しく陶芸体験ができるみたいなので、機会があったら行ってみてください。
早めにリタイヤ!?
──小山さんと仕事したい時どのような内容ならできますか
広告全般なら対応できますし、やらせていただきます。業種や内容のこだわりは無いですが、担当の方やその会社さんが、こういう事をやりたいと明確に語れる人と仕事をするのは楽しいですね。夏のえびす祭は楽しい仕事のひとつでしたし、藤井社長との仕事は楽しいです。
反対に、“どうしようかな、とりあえず考えてみて” と言われると仕事としては行いますが、あまり気持ちがのらないですかね。アイデア100本、1000本出しとかやるのは好きじゃないですし。まあ、弊社にはいろんなタイプの社員がいますので(笑)。
──今後してみたい仕事はありますか
あまり将来のビジョンとか無くて、その場をクリアしていくことにけっこう精一杯だったりするんですよね。
下の世代を育てて、早めにリタイヤとか。笑
最近、広告って若い人の仕事っていう思いもあるんです。様々なデジタルツールの進化も早いですしデジタルの世界でもあるじゃないですか。龍角散は老若男女をターゲットにしていますけれど、もっと若い世代を発掘していかないとなった時、同世代のアイデアが適している場合もあるんじゃないかなと。日々フレキシブルに考えていかなくてはって感じです。
おわりに
“プロの御用聞き” 相手の考えを聞いて実現するのは簡単ではないですよね。
まず、考えを聞ける関係性にならなくてはいけないし、ただ実行するだけではなく満足していただける形で実現しないと続かないですよね。
そこには、小山さんが長年培った経験と熱い思いがあるからできる事かと思います。ぜひ、小山さんと新たなプロジェクトを実現してみたいです。
そして、「陶芸教室 むさしの」行ってきました!
教室に通われている生徒さんや1日体験コースに参加されている方もいらっしゃって、静寂の中にも賑わいがある空間でした。日や時間によっては、生徒さん同士でお話ししながら制作する時もあるそうです。教室には、粘度を手でこねる手びねりや電動ろくろのスペースがあり、様々な釉薬に、ガス・電気釜があります。
初めての方からプロ志向の方まで丁寧にサポートしてくれて、個性を尊重し自由に陶芸を楽しめる空間です。小山さんのサポート力とクリエイティブ力の素が詰まった空間でもありました。
次回は土に触れてみたいと思います。