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【合掌造り】岐阜の白川郷に富山の五箇山!庄川流域の集落群。合掌造りの歴史に特徴。

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三角形をした茅葺かやぶき屋根がトレードマークの「合掌造り」。

どうしてこの形なのか考えたことはありますか? 実は、とても合理的で意味があるんです。

ここでは、世界遺産でもある「白川郷しらかわごう五箇山ごかやまの合掌造り集落」の歴史と、特徴、三角屋根の秘密、現在の集落についてご紹介します。


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合掌造りとは

合掌造りとは、日本の住宅建築様式のひとつです。合掌造り自体は、大変有名な建築方法で、山深い場所に建てられるため、美しい里山の景観を楽しむことができ、国内はもちろん、外国の旅行客からも注目を浴びています。

この合掌造り最大の特徴と言えば、三角形の茅葺き屋根ではないでしょうか。

急勾配の屋根が、両手を合わせた「合掌」に似ていることから付けられた名称です。これを、「切妻きりづま合掌造り」と言い、木材を梁の上に山形に組むことで形成でき、屋根の角度も45度から60度までの幅があり、初期の建築ほど傾斜がゆるくなっています。豪雪地帯の雪下ろしの作業軽減など、地域に適合した構造になっています。

一般的な日本家屋と大きく違う点は、屋根裏を仕事場として活用しているところです。

江戸時代末期から、昭和初期にかけて養蚕業が盛んであったことから、屋根裏を2~3の階層に分け、蚕の飼育場として使用していました。また、家内工業として和紙き、塩硝作りなどが行われ、外に出なくても仕事ができる雪国ならではの工夫を感じます。


白川郷

白川郷の歴史

岐阜県の白川郷とは、岐阜県内を流れる庄川流域の呼称であり、大野郡白川村と高山市荘川町、そして高山市清見町の一部をこのように呼びます。昨今では、一般的に白川村を「下白川郷」、それ以外の地域を「上白川郷」と呼び区別しています。

白川郷が、地名として確認できるのは12世紀なかばですが、合掌造りがいつ始められたのかは定かではなく、江戸時代中期の17世紀末に原型ができたと考えられています。

白川郷、独自の合掌造りとしては、どの家も妻(建物の端のこと)を、南北に向けて建てています。それは、屋根に日光を当たりやすくする効果や、南北に吹く風の抵抗を弱めるためなど、地域ならではの建築方法となっています。

白川郷の合掌造りが、各方面から注目されるようになったのは、ドイツの建築家で建築学者の「ブルーノ・タウト」(1880年~1938年)氏が、著書「日本美の再発見」で合掌造りについて書いたことがきっかけと言われています。

著書の中で「合掌造りは、今まで見たことがない建物だ。日本的と言うよりも、まるでスイスのような景観美を感じる、そうでなければスイスの幻想だ」と大絶賛。こうして合掌造りは、世界中から関心を集めるようになりました。


白川郷の集落・住宅

合掌造り民家園 野外博物館

「合掌造り民家園」は、重要文化財に指定されている建造物9棟を含む全25棟の建造物を保存公開しています。

■旧中野義盛家住宅
■旧中野長治郎家住宅
■旧山下陽朗家住宅
■旧東しな家住宅
■旧大家藤重家板倉
■旧大家藤重家稲架小屋
■旧中野義盛家板倉
■旧山茂文四郎家馬小屋
■旧山茂文四郎家唐臼小屋


和田家住宅

和田家は1573年(天正元年)から続く家で、当主は代々「弥右衛門」を名乗りました。江戸時代には「牛首口留番所役人」や「庄屋」を務め、商家には珍しい「苗字帯刀」を許されるほどの家柄でした。和田家住宅は1995年(平成7年)に主屋、土蔵、便所の棟と、土地が重要文化財に指定されましたが、現在も住居として使用されています。


神田家住宅

神田家は、前述した和田家の次男「和田佐治衛門」が分家し、居を構えたのがはじまりです。この地に、「産土八幡宮うぶすなはちまんぐう」の「神田しんでん」(神社所有の田んぼ)があったことから、分家と同時に神田と性を変えました。


長瀬家住宅

長瀬家は、加賀藩の「御典医ごてんい」(将軍家や大名家に仕えた医師)を勤めていたほどの家柄で、前田家ゆかりの名品、や当時使われていた医療器具などが伝わっています。現在の長瀬家は1890年(明治23年)に、5代目当主「長瀬民之助」によって建てられたもので、建材には樹齢数百年の栃、欅、桂などの良質な木材を使用。当時の長瀬家の、格式の高さを窺うことができます。


明善寺

「明善寺」は1736年(元文元年)に創建された寺で、合掌造りの寺として知られています。寺の「鐘楼門」と「庫裏くり」(寺の台所)が、重要文化財に指定されています。


明善寺郷土館

現在、明善寺の庫裏内部は、合掌造りや、郷土資料を集めた資料館になっています。


じ・ば工房

「じ・ば工房」は、白川郷に昔から伝わる、生活道具や遊具・置物などの、技術を伝承した、物産品・民芸品を展示販売しています。


どぶろく祭りの館

「どぶろく祭り」は、白川郷で毎年9月の終わりから10月にかけて行われる祭です。この祭りの、概要や、神事について、人形や模型で再現した展示・資料館。白川八幡神社境内にあり、神社の宝物なども拝観可能。


富山県・五箇山

五箇山の歴史

富山県の「五箇山」は、飛越地方庄川流域の歴史的地名で、白川郷は上流域、五箇山は中流域を言います。五箇山は富山県の旧平村、上平村、利賀村の3村に含まれていましたが、現在は南砺市に属します。

1585年(天生13年)に、五箇山は加賀藩領となり、加賀藩の庇護ひごのもと、塩硝生産が盛んに行なわれていました。塩硝とは、火薬の原料になる硝酸カリウムのことで、五箇山はその一大産地。人里離れ、一年で雪に覆われている時期が長く、陸の孤島であったことから、加賀藩秘中の秘である塩硝作りの漏洩を防ぐにはうってつけの場所でした。

そして加賀藩は、江戸幕府が開府した年から江戸幕府の崩壊までの約260年間、五箇山の村々で作られた塩硝を大量に買い上げています。最盛期では年間39トンもの塩硝が生産され、それらはすべて加賀藩が買い上げました。当時、五箇山で生産される塩硝の質と量は、日本一であったと言われています。

また、五箇山は罪人の流刑地でもありました。人里離れ、塩硝作りのため閉ざされた村には用のない物は訪れません。軍事機密でもあるため、五箇山地域に流れる庄川に、加賀藩は橋すら掛けてはくれませんでした。罪人たちは、「かごわたし」という、川の両岸に縄に掛け、籠を移動させたと言います。急流な上に、底の深い川を渡るのは、大の男でも震え上がったに違いありません。

村全体が孤立するような産業ですが、加賀藩もそれなりに生産者の生活保障や配慮をしています。通常、農民は金銀貸借が禁じられていましたが、五箇山に住む人々には金銀の貸し借り、貸米、貸塩などが認められていました。こうして藩に保護されながら、産業を守ったおかげで、今日の五箇山の合掌造りがあると言っても過言ではありません。


五箇山集落・住宅について

五箇山は、険しい山々に囲まれ、冬には雪が2m近くも積もる豪雪地帯です。
ここには、「相倉あいのくら」と、「菅沼すがぬま」の2つの合掌造り集落が存在します。


菅沼集落

菅沼集落には、現在9戸の合掌造りの家屋が残っています。冬の豪雪に厳しい自然環境でありながら、養蚕や塩硝作りを日々の糧としてきた歴史を持ちます。江戸時代末期から明治時代初期までに建てられた合掌家屋が揃う、静かで美しい風景を楽しめます。ここでは菅沼集落にある、集落や資料館についてご紹介します。

[塩硝の館]

江戸時代の加賀藩政から続いた、火薬の原料になる塩硝製作について学ぶことができます。塩硝の材料の、ヨモギ・麻・サク等の採取から、積み込み、灰汁塩硝煮詰め、上煮塩硝作り、出荷までの流れを人形コーナーや影絵コーナーなどで再現。

[五箇山民俗館]

五箇山で暮らした人々の日々の暮らしを知ることのできる資料館です。菅沼集落で最も古い合掌造り建築の内部を作り変え、かつての生活用具や資料300点余りを展示。

[五箇山生活館]

五箇山の民俗資料館です。CGで作る音や光で、合掌造り集落の歴史や生活、建物や風景を体感することが可能。ミニチュアサイズの合掌造り模型なども展示されていて、目で見て、聞いて、楽しく五箇山の生活について知ることができます。


相倉集落

「相倉集落」は、季節による彩りが美しい、日本の古き良き時代を感じることのできる場所。のどかな日中はもちろんシーズン毎のライトアップは見ものです。現在も、23棟の合掌造り家屋では、人が住み生活が営まれています。ここでは相倉集落にある、集落や資料館についてご紹介します。

[相倉民俗館]

合掌造りの家屋を活用した資料館です。昔からの生活用具や、わかりやすい合掌造りの模型を展示しています。上階にある屋根部分の内部構造も見学が可能。

[相倉伝統産業館]

こちらも同じく、合掌造りの家屋を活用した資料館です。江戸時代に行なわれた五箇山の産業、塩硝作り、養蚕、和紙づくりについての展示があります。

[展示館 勇助]

合掌造りの古民家で、宿泊もできる展示館です。

[原始合掌造り]

五箇山の合掌造りが、どのようにして現在のような2階建ての茅葺民家になったのかを学ぶことができます。

[五箇山和紙漉き体験館]

かつて五箇山で行なわれていた紙漉き作業を再現。紙漉き体験をすることもできるので、こちらでオリジナル和紙を作ってみませんか?和紙製品による、小物、照明などの雑貨やインテリアも販売しています。


世界遺産登録

「白川郷・五箇山の合掌造り集落」は、1995年(平成7年)ユネスコの世界文化遺産に登録されました。

その経緯としては、日本の伝統的な木造建築とはきわめて特異であること、産業的活用を備えていること、それでいて現在も生活の場として活用されていることが挙げられます。

「白川郷・五箇山の合掌造り集落」は、「日本の原風景」とも言えるのどかな風景を見ることができ、緑や山々に囲まれた懐かしい雰囲気に浸ることができます。


まとめ

「白川郷・五箇山の合掌造り集落」とは、岐阜県の白川郷、富山県の五箇山にある合掌造りの集落を合わせてこのように総称します。

三角形の茅葺き屋根は、両者とも豪雪地域であるため雪が積もらないよう急勾配の屋根を設計していたんです。先人の知恵を感じますね。

そして、雪国ならではの家屋でできる産業、養蚕、紙漉き、塩硝作りなどがしやすい形でもあります。世界遺産でもある「白川郷・五箇山の合掌造り集落」ですが、現在も人が生活を続ける場所です。

合掌造りほど、いにしえと今の人々の、歴史と営みが直線でつながる文化はありませんね。


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ライター紹介 ライター一覧

藤原 一葉

藤原 一葉

歴史や伝統文化、美術など、興味のある方はもちろんのこと、そうでない方にも楽しんでもらえる文章を目指しています!

物心ついた頃から、読書、歴史、世界遺産などに興味を持ち、大学では日本美術史を中心に学んできました。将来的に、趣味と仕事を兼ねることができたら人生楽しいだろうと好きなことを活かせる仕事を探し、行政の歴史書編纂所に勤務。その後、Web制作業、校正業を経て、現在は副業でライターのお仕事をしています。

趣味は、読書、美術館・博物館めぐり、アクセサリー作り、ヒトカラなど。

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