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【東北三大祭り】東北の熱い夏祭り!起源に由来、見どころ開催日程[ねぶた祭][竿燈まつり][七夕まつり]

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青森ねぶた祭


起源と由来

青森ねぶた祭の起源は、奈良時代に大陸から伝わった七夕の行事と津軽や東北に元々あった精霊送り、眠り流しの行事(※1)が合わさってはじまったという説が有力で、後の征夷大将軍坂上田村麻呂がエミシ族との戦場に於いて敵を油断させる為に灯篭をつけ、笛太鼓の囃子を行った事がはじまりとも言われていました。

(※1)眠り流しの行事とは、夏の農作業の疲れからくる眠気を追い払う行事の事です。

「ねぶた」の語源は、「ねむた流し」がなまったものと言われています。

江戸時代(藩政時代)、明治時代には、大きな灯篭とうろうを担いで街中を練り歩く行事に火災等が懸念され、禁止令が出た事がありました。
また、戦時中も禁止さましたが、戦争末期になるとアメリカを敵としたねぶたが作られ戦意高揚のためにこのお祭りが推奨された時代もあったそうです。
それゆえに、戦後に進駐軍が来た時にも敵対的行為とみなされて禁止される時もありました。

現在では、企業主体で開催され、ろうそくだった内部の明かりが蛍光灯等に変わった事もあって、安全に楽しく、観光の目玉となるお祭りになっています。

以前は、伝説や歴史上の人物、歌舞伎などが題材になる事が多かったのですが、最近は、地元の伝説や偉人がねぶたの題材になることも多いようです。

特徴

明かりをともした “ねぶた” と呼ばれる、青森の郷土の伝説や偉人、中国の伝説(三国志、水滸伝等)、日本の歌舞伎などを題材にした人型等の巨大な灯篭をのせた山車だし、勇壮な笛、太鼓、鉦のお囃子の音に合わせて元気よく跳ね回る「ハネト(跳人)」と呼ばれる踊り手が練り歩くお祭りになります。

青森県の各地で、同様スタイルのお祭りが開催されており、その数は、青森県内だけで40か所以上にのぼります。
地元の人にとって、1年で一番重要なイベントと言われています。

青森ねぶた祭りでは、ねぶた本体の出来、運行、ハネト、お囃子などの点数によって審査され、青森ねぶた大賞、知事賞、市長賞などが授与されます。

ねぶた祭の主役はねぶた灯篭ですが、ハネトの衣装を地元でレンタルするか購入して正装し、鳴り物を持ち込まない、運営の指示に従う、等のルールを守れば、ハネトとして飛び入りで祭りに参加する事も出来ます。

見どころ

宵闇の中に次々と浮かび上がる、勇壮な題材のねぷたの数々、(8月2日から6日までが夜間運行、7日は昼間運行になっています。)鳴り響く激しいお囃子のリズム、ねぶたの周りを活力あふれる姿で「ラッセラー」の掛け声とともに飛び回るハネトの踊りが見どころです。

毎年200万人以上を動員して行われる、心浮き立つ祭りです。

青森のねぶたには、大型ねぶた、こどもねぶた、地域ねぶたがあり、8月2日、3日以降に、大型ねぶたの数が多くなります。以前は、雨天中止になることもあったようですが、現在はビニールをかぶせて運行されるようになっています。

ねぶたの運行場所は、青森市内の国道4号、新町通り、八甲通り、平和公園通りで囲まれた地域に左回りに運行される事になっています。最終日の7日に限り、ねぶたが1台ずつ出発する「吹き流し」が行われます。

花火の合図で同時に始まるところも見どころですが、花火の合図で最高潮から一斉に終わるところも見もので楽しみのポイントかもしれません。

ハネトは、正装をしルールにのっとれば観光客でも参加が可能になります。

※ハネトの衣装は5000円ほどで当地のデパートにて入手できます。
※参加を認めない団体もありますので、事前にご確認ください。

[開催期間]

8月1日(土) 前夜祭 青い海公演特設ステージ
8月2日(日)~8月7日(金)

[会場]

前夜祭:青い海公演特設ステージ
青森市内中心部 観覧席あり
※詳しくは実行委員会事務局までお問い合わせください。

青森ねぶた祭実行委員会
公益社団法人 青森観光コンベンション協会
https://www.nebuta.or.jp/


秋田竿燈まつり


起源と由来

秋田竿燈まつりの起源は、笹や合歓木(ねむの木)に願い事を書いた短冊を下げ、街を練り歩いたのち、川に流して真夏の邪気や農業などの労働による眠気をはらう「眠り流し」が原型とされています。

後に、五穀豊穣、無病息災、技芸の上達を願った七夕の行事やお盆の行事とも習合し、江戸時代中期ごろに現在の形になったと言われています。また、稲魂様の為のまつりという説もあります。

竿灯かんとうは、職人や商人によってお盆に門前に立てていた高灯篭を持ち歩ける形にしたのが始まりと言われています。

次第に竿燈は大型化していき、家々の勢力や持ち手の力を競うようになっていきましたが、時代が進むとろうそくや提灯の価格が求めやすいものになり、力よりも竿灯の差し手の技術を競うようになり、現在のような形になったと言われています。

以前は、作り灯篭、ネブリナガシ、七夕とも呼ばれており、竿灯まつりと呼ばれるようになったのは、大久保鐵作という人物によって名付けられたと言われています。

また、福島県二本松の提灯まつり、尾張津島の天王祭りと並び、日本3大提灯祭りともいわれ、昭和に入ると各地から見物客が訪れるようになり、各町内代表者が話し合って1931年から町内単位で参加する竿燈まつりが始まるようになりました。(現在38町内が参加しています。)

特徴

秋田竿燈まつりは、竿燈全体を稲穂に、提灯を米俵に見立てて額、腰、肩、手などに載せてバランスをとりながら練り歩く、夏の夜に光が浮かび上がる幻想的な祭りになります。

2000年までは8月4日から7日間の日程で開催されていましたが、東北地方の他の地域のお祭りと日程が重なり、観光客を呼びにくいという都合があった為、2001年からは、8月3日から8月6日の4日間で行われるようになりました。

竿燈まつり初日にあたる3日の朝に、元藩主の居城であった千秋公園内にある八幡秋田神社に各町内、参加する企業の代表が集まり、開催中の安全を祈願し、御幣を頂く御幣渡しから始まり、昼竿燈、夜竿燈と続きます。(夜竿灯がメインになります)

竿燈まつり終了後、7日の朝に参加団体の代表が刈穂橋(秋田市馬口労町に所在)に集まり、真夏の邪気と眠気をい御幣と共に旭川に流す御幣流しで終了するお祭りになります。

竿燈まつりが全国的に有名になった昨今は、出張竿灯も行われるようになり、海外へ出張した例もあります。

見どころ

竿燈まつりは「昼竿燈」と「夜竿燈」の2つの部に分かれており、昼竿燈の魅力は、大きな竿燈を自在に操る差し手の技がよく見えるところにあります。

「昼竿燈」の正式名称は、竿燈妙技会といい、竿燈を掲げる差し手の技術向上を目的として1931年からはじまった行事です。

「夜竿燈[夜本番]」は、提灯の稲穂を模した提灯が灯る竿燈が、夜の秋田市を練り歩く、幻想的な光景が広がるお祭りになります。

竿燈には大きさ別で大若、中和、小若、幼若があります。大若は長さ12m、重さ50kg、46個の提灯がつるされたものです。幼若は主に子供用ですが、かわいい差し手の妙技も見どころです。力4分、技6分と言われるパワーと技量で、竿燈を手のひら、額、頭、肩などに移し替えて技を競うのが差し手の腕の見せどころになります。

独特の太鼓と笛の音で哀調と活気が併存する竿燈囃子も心に残るものです。

昼竿燈が終わった後、実際に竿燈に触れたり体験や写真撮影をして楽しむ事も出来ます。

また、「昼竿燈」と「夜本番」の合間には、バラ型に盛り付けられるババヘラアイス、比内地鶏、きりたんぽ、御所野にあるお菓子の郷ジローや銘酒など食も楽しめます。


[開催期間]

8月3日(月)~8月6日(木)

[会場]

昼竿燈 / 8月4日(火)〜8月6日(木) 9:00~15:40
秋田市中通1-4-1 エリアなかいちにぎわい広場

夜竿燈[夜本番] / 8月3日(月)〜8月6日(木) 18:50~20:50
秋田市大町2丁目周辺(竿燈大通り)にて

秋田竿燈まつり実行委員会
http://www.kantou.gr.jp/index.htm


仙台七夕まつり


起源と由来

七夕は、7月7日に行われる大陸から渡来した「乞巧奠きこうでん」の祭りが、古来から伝わる「精霊流し」と習合したものと言われています。
昔は7月7日に行われ、6日の夕方から笹竹を飾って手習い、手芸の上達を願い、農家では七夕馬を作って屋根に挙げて豊作を祖霊に願うところもありました。

仙台では、七夕の竹は小枝を落として物干し竿に使用し、小枝は七夕飾りのついたまま7日か8日の朝に広瀬川に流して、水を浴び、荒いものをして「みそぎ」を行いお盆祭りの準備をする、というものでした。
また、冷害とそれに伴う飢饉を乗り越えようと、豊作と稲の保護を他の神様に祈る祭りでもありました。

江戸時代には、伊達政宗が文化向上の目的で七夕を奨励し華やかな行事となりましたが、明治維新の改革と共に全国的に衰退しました。

仙台七夕も例外ではありませんでしたが、1927年、大町5丁目共同会にて、佐々木重兵衛会長、桜井常吉氏、三原庄太氏らが協力して、町内一斉に七夕を飾り付けました。
仙台市民の共感を得て、街は人であふれ、1928年から8月6日、7日、8日の3日間、商工会議所と仙台協賛会との開催で、「飾り付けコンクール」も始まりました。

第2次世界大戦の影響で、再び七夕に沈滞の時期が来てしまいましたが、1947年、一番町に52本の竹飾りが立てられたのをきっかけに、再び町の行事として復活しました。


 わつなぎ関連記事 >>【七夕】お願い事をするのはなぜ?七夕飾りの意味、七夕の起源と由来

特徴

仙台七夕まつりは、8月6日から8月8日の3日間行われます。

一番町や中央通りのアーケード街、仙台駅周辺等に大規模な七夕飾りの竹が連なりますが、小さな商店、家庭等でも飾り付けが行われ、仙台市内がお祭り一色になり、毎年多数の観光客が訪れる、仙台の夏の一大イベントです。

地元では、「たなばたさん」とも呼ばれています。

昔は仙台の商店街振興のためのイベントだったのですが、今は観光イベントへと移行し七夕の見える席での飲食店等でのサービスが色々と展開され、商店ごとに趣向をこらした、同じデザインのないくす玉、吹き流し、七つ飾りなどが飾り付けられ、人々の目を楽しませます。

飾りは長さ5~10メートルに及ぶ、くす玉をつけた吹き流しが主体になります。
見物に来た観光客の頭上で、全て和紙で、毎年新しく一つ一つ手作りされた吹き流しの和紙や折り鶴がそよぎます。

見どころ

仙台七夕の竹飾りは、「7つ飾り」と呼ばれる7種類の飾りで構成されています。

[短冊]学問や書の上達を願う。
[紙衣]災いの身代わりと裁縫の上達を願う。
[折り鶴]長寿を願う
[巾着]富貴、貯蓄、商売繁盛を願う。
[投網]豊漁を願う。
[屑籠]飾り付けを作った時の裁ち屑、紙くずを入れる。清潔と倹約を願う。
[吹き流し]織姫の織り糸の象徴。くす玉が付く事が多い。

という意味があります。

仙台七夕は、飾りが和紙や紙で作られる風情あるものなのが見どころです。

大きな店で掲げる「からくり七夕」も見もので、操り人形が載った小型舞台で、一定の動きを自動で行います。

また、8月6日が原爆の日でもある事から、全国から寄せられた折り鶴を吹き流しにして飾る、「平和七夕」も行われています。

ちなみに、仙台市では、アーケードの彼方此方に竹を建てるための専用差し入れ口が設置してあるので、それを探してみるのも面白いものですね。


[開催期間]

8月6日(木)~8月8日(土)

[会場]

仙台駅前近辺の中心部メインストリート、周辺商店街

仙台七夕まつり協賛会
https://www.sendaitanabata.com/


まとめ

東北三大祭りと言われている「青森ねぶた祭」「秋田竿燈まつり」「仙台七夕まつり」。

盆迎え、精霊流しの祭り、夏の農作業の疲れによるねぶり流しの流れがはじまりでしたね。
それぞれの祭りには、必ず「禊」があり「神事」である事が分かりますが、最近は観光イベントのイメージも強くなり、熱く盛り上がる夏祭りでもあります。

ぜひ、この機会に、ぜひ東北の熱い夏祭りに訪れてみてはいかがでしょうか。


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