【お米】稲作を知ろう!歴史と共に変化してきた稲作方法に米の作り方
この記事の目次
稲作の伝来
日本にはもともと稲はありませんでした。 本格的に稲が作られ出したのは紀元前4世紀頃・弥生時代の頃と言われ、朝鮮半島や長江から伝わったなど多くの説があります。
なぜ、これほど日本に米文化が根付いたかというと、ひとつの理由に日本の気候があります。田植えの時期には雨に恵まれ、稲が生育する夏は日射量が多く気温が上がり、稲穂が実る時期の空気は日中も夜も涼しげでやや乾燥していることが、稲の成長に適しているということです。 もうひとつの理由に、日本人にとって食べやすいエネルギー源であり、干し餅などにもできて長期保存ができるので、食べ物として利用しやすく主食となったことにあります。
稲作の歴史
古代の稲作方法
古代の稲作の特徴は、種もみを田んぼにじかにまくという所と、収穫の時は実った穂の部分だけを石の包丁で刈り取るという点です。
鉄製の農具はなかったのですが、木で農具が作られ、耕すときは鍬にしたり鋤にしたりして田んぼを耕し、肥料を入れる際は田下駄という体が沈むのを防ぐ履き物を履いて踏まれて、収穫のときも木で作られた臼や杵が使われていました。
近代までの稲作方法
田んぼを整えてからですが、まず苗を作ります。苗を作ってそれを田んぼに植えるという所が、田植えにおける古代との大きな違いになります。 収穫の際は稲の根元から刈り取ります。穂先以外のワラも色々な使用用途があり、燃料や飼料、身に付ける物として草履にも蓑(みの)などに活用されました。 そして、玄米から白米へと変わっていきました。玄米には多くの栄養がありますが、白米の美味しさを知ったのでしょう。
季節の変化は、それほど古代とは変わっていませんので、夏の初めに田んぼに植えて秋に刈り取るという手順は、主な稲作方法として変わっていません。
お米の作り方
[1]苗を作る
時期としては4月辺りですね。種もみを専用の箱にまいて発芽まで持っていきます。そして、発芽したものをビニールハウスで苗まで成長させます。植えるための苗になるまでは20日くらいかかります。
[2]田んぼを耕す
これは1の「苗を作る」の段階と同時に行っても良いのですが、田の土を耕すと同時に肥料を入れていきます。その後、田に水を入れて再度、耕します。
[3]田植え
5月中に行うのが通例です。苗を専用の機械で植えていきます。昔の手作業とは大きく変わり、早くできますし植える場所もちゃんと整列します。 苗を育てる器具も、機械に合ったものになっており、機械にセットすればそのまま田んぼに植えていくことができます。
[4]見守る
6月から8月の期間は見守りです。見守ると言っても、ただ放ったらかしにするのではありません。雑草を取ったり、農薬をまいたり、肥料を加えたりします。これもほとんどが機械で行うことができます。
[5]収穫
ついに収穫です。これは9月頃になります。稲刈りをして、もみを取ります。コンバインという機械があり、稲刈りともみ取り(脱穀)を同時に行うことができます! その後は、もみを乾燥させて、機械で玄米にします。そのまま玄米で売るところもありますし、スーパーなどでは既に精米された白米で売られているものが多いですね。
まとめ
長い長い歴史を経て、大陸から渡ってきた稲作が今では、日本に住む私たちに欠かせないものになっています。
稲作、お米の事を知ると、普段食べているごはんもひと味違ってくるかも知れません。
さらに、自分でも育ててみたくなるかもですね。
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