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【武田信虎】暴君!? 悪逆非道!? 近年、功績が再評価、甲斐を統一、躑躅ケ崎築城

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信虎の生い立ちから甲斐統一まで

武田信虎は1494(明応3)年に、甲斐武田家の第17代目当主・武田信縄の嫡男として誕生しました。生母は信縄の正室・崇昌院だと考えられてきましたが、側室の岩下氏だとする説も有力になっています。

信虎の最初の名前は「信直」といい、1507(永正4)年に家督を継ぎました。

当時の武田家では、信虎の父・信縄とその弟である油川信恵が家督を巡って争っている状態でした。そんなさなかに成長した信虎は、家督を相続した後、叔父である信恵を倒すことで武田家を統一します。

さらに、信虎は都留郡の小山田氏など甲斐国衆を和戦両様の戦術で平定し、甲斐統一を成し遂げました。

信虎の前半生で特筆すべき功績は、本拠地を防御に難があった石和(いさわ)から要害堅固な躑躅ケ崎(つつじがさき)に移したことです。
躑躅ケ崎館の周辺には武田家臣団が集まり、後の甲府の発展の基礎になりました。


息子・晴信(後の信玄)に追放される

甲斐を統一した信虎は、大永7年に信濃国佐久郡へ出兵し、天文5年には今川氏の家督争いである花倉の乱に関与するなど対外政策を活発化させます。

また、娘たちを今川義元(花倉の乱で勝利し今川家を相続)や諏訪頼重に嫁がせて着々と他国との同盟強化を図りました。

こうして自らの権力基盤を固めていきますが、家臣の間では信虎による専制支配への危惧の念が高まっていったとされます。
そんな中、信濃出兵から帰った信虎は、娘が嫁いだ今川義元を訪問するために駿河に出向きました。

この時、家臣団に担がれた武田晴信(信虎の嫡男・後の信玄)が甲斐と駿河の国境を封鎖するというクーデターの挙に出ます。

甲斐に戻れなくなった信虎はそのまま駿河に追放されることになりました。

晴信がクーデターを起こした背景については、「信虎が晴信ではなく弟の信繁の方を偏愛したから」など諸説ありますが、信虎と晴信・家臣団との間で亀裂が生じていたと考えられます。


甲斐追放後の信虎の足跡

甲斐を追放された信虎は駿河の今川家に身を寄せることになります。信虎は今川家当主の義元の義父に当たるので、今川一門から敬意をもって遇されたようです。

この時期に信虎は上方への遊歴も行なっています。京都・奈良・高野山などを経巡り、高野山引導院や興福寺多聞院を訪問しました。

1560(永禄3)年の桶狭間の戦いで今川義元が討ち死にすると、今川家の当主は氏真に変わります。

信虎と氏真はあまり折り合いがよくなかったのか、信虎は上洛し室町幕府第13代将軍・足利義輝の相伴衆となりました。
相伴衆とは、将軍が各国大名を饗応する際に同席することを許されたお供のことです。

この間に武田信玄が死去し、勝頼が武田家の当主となっています。信虎は息子の信玄よりも長く生き、最期は信濃高遠にて生涯を閉じました。


再評価される信虎

「武田信虎」というと、どうしても「暴君」のイメージが付きまといます。

ところが、そうしたイメージは江戸時代に作られたもののようです。

信虎の悪行は「甲陽軍鑑」をはじめとする甲州流軍学の書物に見られることから、甲州流の軍学者たちが信玄のクーデターを正当化するために殊更に信虎の悪行を強調した面があったのかもしれません。

実際、信虎の悪行を具体的に記録した一次史料は殆どないという指摘や信虎を悪く言う在地の伝承等はないという意見もあるようです。

2019年は躑躅ケ崎館の造営から500年目に当たり、近年では信虎が再評価されてきています。

信虎の政策は甲斐の統一や躑躅ケ崎への本拠地移転など、後の甲斐の発展の基礎になりました。これらの功績を考えると、信虎は間違いなく戦国の名将の1人と言ってよいでしょう。


まとめ

歴史上の人物は後世の人間のさまざまな思惑もあり、実像が歪められている場合も多いです。

多大な功績を遺したにもかかわらず、「暴君」「悪逆非道」といったイメージばかりが強調される武田信虎はその典型だと言えるでしょう。

一般的な「信虎=暴君」というイメージを一旦カッコに入れて、信虎とは本当はいかなる人物だったのか調べてみると、歴史の新たな一面が見えてくるかもしれません。

2021年11月には信虎を主人公とする映画「信虎」が公開されます。これを機に益々武田信虎についての関心が高まることを期待します。


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大島太郎

大島太郎

学生時代より、日本の歴史、伝統的な思想や文化に関心を持ち、探求を続けています。

「グローバル化」が叫ばれる昨今、日本人としての固有性、日本独自の文化とは何なのかという問題意識を持っています。

形に表れた文化だけでなく、その根底にある「心(和の心)」あるいは「道」というものにも一層の関心があります(日本文化には茶道・華道・剣道・柔道など「道」が付くものが多いです)。

日本文化を発信していくお手伝いが出来ればと思っています。

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