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【被爆ピアノ】映画『おかあさんの被爆ピアノ』物語モデルの矢川光則さん、五藤利弘監督が平和への思いを語る[広島国際映画祭2020]

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「おかあさんの被爆ピアノ」トークショー


この映画のエンドロールには、地元の協賛社を含めたくさんの人の名前が並び、いかにこの映画完成が待ち望まれていたかを物語っていました。五藤監督はこれに対し「たくさんの方が応援して下さったおかげで完成しました」と、改めて映画制作に協力していただいたすべての方へ深く感謝を延べ、会場からは暖かい拍手が送られました。

この作品作りは、五藤監督が2008年にフジテレビのドキュメンタリー番組を制作することで広島に訪れた際、矢川さんと出会ったのがきっかけで、「被爆ピアノを題材にした映画を作りたい」と思ったことがスタートだったといいます。当初は矢川さんにご協力を乞うために東京から何度も広島に訪れ、やがてその熱意に矢川さんが動かされる格好で本格的に制作に入ることに。その月日を「五藤監督と2人で10年間温めてきた」と振り返ります。

当初はドキュメンタリー作品としてテレビで放映された「被爆ピアノ」でしたが、その後本作のストーリー仕立ての作品としたことに関して五藤監督は、テレビのドキュメンタリーでは一過性のものとして終わってしまいがちで、一度放送された後に繰り返して見せる機会がなかなかできない壁があることから、映画とした方が長く見続けられ、平和を伝えていく糧とすることができるということから本作の制作を考えたといいます。


そして構想を固めるために足しげく広島に通っていくうちに、東京では見えない被爆都市・広島のさまざまな実態に触れ、特に多くの被爆者が亡くなる一方で、矢川さんをはじめ平和への訴えをつなぐ人が多くいるということに気づかされ大きな感銘を受けたことを振り返ります。時には矢川さんが被爆ピアノをトラックに載せ、全国にコンサートに出かけていく中トラックでの移動に同行しながら構想を固めたこともあったそうです。

時には撮影に矢川さんも同行、特に矢川さん役となった俳優の佐野史郎さんに対して広島弁の方言指導を、同じく映画に出演した広島県出身の俳優・栩野幸知さんや美術監督の部谷京子さんらとともに行っていたことを回想。ちなみに当初、映画で矢川さんの役は“矢川”という名前でありませんでしたが、部谷さんらの後押しもあり結果的に本名の役柄となりました。しかし矢川さんは「最初に映画ができてみた時に、思わず顔を伏せてしまいました」などと照れていた様子を振り返り、和やかな笑いを誘います。

矢川さんが管理・保有する被爆ピアノは現在6台。映画の中ではうち3台を使用して撮影、音色は吹き替えなど行わず被爆ピアノのそのままの音色を収録したといい、五藤監督は「そのままの音、被爆を(見た方に)心に留め続けてほしい」と映画に込めた思いを語ります。


コロナ禍の第三波の影響も心配される昨今ですが、五藤監督はこの状況の中で「差別」的な状況がところどころに現れていることに対し、物語で触れているピアノというアイテムにまつわるエピソードが重なると語ります。

戦時中、日本国内においてピアノは相当の金持ちでなければ購入できない高級ぜいたく品で、戦争の渦中にあった日本国内でピアノの音が外に漏れると、非国民などと言われ家に石を投げ込まれる嫌がらせを受けることもあったといいます。また被爆による被爆者が受けたさまざまな差別とも合わせ、「コロナで同じことを繰り返している」と自身の危惧する状況を吐露し、そういった点でも作品でさまざまなことを考えてほしいとメッセージを残しました。

一方、コロナ禍のため昨年までのような「被爆ピアノ」コンサート活動はできなくなってしまったものの、代わりにこの映画公開が活動の助けとなったと実感していることを明かします。

また映画公開は現在行われている香川県の公開終了で一区切りする予定となっていますが、矢川さんは現状映画公開と合わせた「被爆ピアノ」コンサートを希望する依頼問い合わせが相次いでいるといい、「来年は忙しくなりそうです」と来年以降に向けて益々の平和活動推進を誓いました。


五藤利弘監督ワークショップ

「おかあさんの被爆ピアノ」


またこの日は別室で五藤監督と矢川さん、美術監督の部谷さんを招きワークショップを実施、制作の裏話などが明かされました。

映画のパンフレットなどでは赤の帽子にカープシャツと、カープファンさながらのいでたちで写真に納まっている五藤監督。新潟県長岡市出身の監督がなぜ広島に興味を持ったのかは、実は40年来のカープファンだったことが理由などと語り「カープの話ならいつまででも話せるんですが」と口惜しそうに吐露して笑いを誘います。

矢川さんの両省とともに映画の制作に着手し、撮影前にピアノの持ち主のもとをめぐって多くの取材を語る中、ある方が「戦争はいけんのじゃ」という一言に「シンプルだけど重たい言葉に、この作品を作る意義を感じた」と振り返ります。

また当初は矢川さんのもとを訪れるも、五藤監督が煮え切らない様子で制作はとん挫している状況でしたが、その覚悟を決めたきっかけは、なんと五藤監督の車による事故。当時仕事の締め切りに編集作業を焦っており、つい高速道路上で大きな事故になってしまったといいます。

幸い単独事故で車は大破したものの、奇跡的に五藤監督自身はほぼ無傷。それを「怖いものがなくなった」と、好機として制作に踏み切る覚悟を決めたと振り返ります。

撮影には矢川さんが帯同、他の広島在住スタッフらとともに広島弁指導を実施する一方で、佐野史郎さんがメインキャストの“矢川”役を演じることにも多くの役割を果たしました。佐野さんは免許証を持っておらず車が運転できないため、ハンドルの切り方やシフトチェンジなどはすべて矢川さんが指導。また佐野さんがピアノを調律しポロンと試し引きをするシーンは、実は矢川さんが弾いているところを手だけ撮影し、佐野さんの演技と組み合わせて編集されたことが明かされます。

撮影の裏話として、登場する市内電車は「被爆電車」が現れたタイミングで撮影できたものが劇中に入れられたと明かします。この電車、いつどこに登場するといった決まった予定が全く決まっていないため、偶然のタイミングでうまく撮れたものの中でいちばんいいものを使用したとのことでした。

また、劇中に登場する病床の老人は、脚本家として活躍する内藤忠司さん。実はこの役、あの広島・尾道の映画監督である大林宣彦監督にやっていただく予定だったのですが、撮影時にご自身最後の作品の編集が重なっていたことと、体調がなかなかすぐれなかったことから代役として、大林監督作品でも度々脚本、助監督を担当した内藤さんが代役となったことが、しみじみと大林監督を偲びながら明かされます。


劇中に高速道路のパーキングエリアが登場するシーンがあり、実は広島市立大学の駐車場での撮影であることを告白。実際に高速道路のパーキングで撮影しようとすると交通制限などが非常に困難であり悩んでいるとことを、部谷さんの提案でうまく使える運びとなって撮影したそうです。

このように予算がタイトでかなり大変だったことを振り返りながら、五藤監督は原爆投下の日のシーンを撮るのになかなか晴れず、仕方なく小雨でも強行しようかとしたら、部谷さんに「絶対妥協したらいけん」と怒られたと告白。「監督が粘るのが本当なのに、逆にスタッフに促されてしまいまして」などと語り、会場を笑わせながらも周囲の協力を改めて実感されていました。

一方この日は、英語字幕を担当した安田女子大学のマクリーン・ジョン先生もゲストとして登場。もとの台本のセリフと映像音声の間にあちこち乖離があったことから翻訳にはかなり苦労し「訳すために映像を100回見ました」と語ると、五藤監督は苦笑い。それでも被爆ピアノの演奏シーンで歌われる「シャボン玉の歌」の意味を知り、このシーンとの兼ね合いを想像したジョン先生は「涙が止まらなかった」と振り返りました。

五藤監督はこの作品の英語タイトルを「Hiroshima Piano」としてもらったことに深く納得し、良い訳をしていただいたと感謝の言葉を贈りました。ジョン先生はこのタイトル付けに関して「割と海外の人が持つ日本の印象というと、意外に知っている都市というと東京と広島くらいなんです。その意味で『Hiroshima』という言葉だけでその意図が伝わる。例えば直訳で『Atomic Bomb Piano』などとしてしまうと、実は『Atomic Bomb』という言葉だけで『強い』という意味と誤解してしまうんです」と語りました。

またこのワークショップでは、高校生記者の質問や感想も聞かれました。緊張した高校生記者はあまりうまく質問できない様子でしたが、将来に向けて高い志、意気込みを示すと、五藤監督は深く感心しつつ「映画の世界は入らない方がいい」などとコメント、大きな笑いを誘いながら和やかな雰囲気を会場に呼び込んでいました。


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桂 伸也

桂 伸也

“和”という言葉で表現されるものには、人によって色んなイメージがあると思いますが、私は“整然として落ち着いたもの”という雰囲気を感じ取っています。

普段は芸能系ライターとして活動を行っており、かなり“にぎやかな”世界に生きていますが、その意味で“和”という言葉から受ける雰囲気に、普段から強い憧れや興味をもっていました。

なので、そんな素敵な“和”の世界へ、執筆を通して自らの船を漕ぎ出していきたいと思っています。

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